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「考える力」を育てる「家庭の力」

「これからは、考える力を養うことが大切」という話を、皆さん、最近はどこかで聞いていることと思います。「考える力」の育成は、今年2020年度からスタートした新学習指導要領の大きなテーマのひとつであり、よく言われる「アクティブ・ラーニング」の土台になるものです。

でも、実際にどうすれば「考える力」を育てることができるのか?というと、なかなか難しいですよね。それに、こうすれば考える力が育つと言われる方法を取り入れてみたところで、本当にそれで考える力が養われたのかどうか、簡単にわかるものでもありません。
そこで、いろいろな専門家(教育評論家や学校の先生、進学塾の講師の方など)のお話を総合して、家庭で「考える力」を育てるなら、このようにするといいと思われる方法をご紹介したいと思います。対象は、幼児から小学校低学年までです。

 

■目次■


1,絶好のチャンスは、子どもの疑問(2020/04/27)

2,子どもの困った質問への対応法(2020/05/21)

3,おとなしい子の考える力を育てるには?(2020/06/20)

4,「考える力」がある大人とない大人の違いは?(2020/07/23)

5,・・・・・・・・


1,絶好のチャンスは、子どもの疑問

【STEP1】チャンスを見逃さないで!

まず、「考える力」を育てたいなら、機会を見逃さないことが大切です。

「考える力」を育てるチャンスとはどういうときか? それは、子どもが自分から何かに関心を示したとき、何かに疑問を持ったときです。

たとえば、「どうして空は青いの?」と聞いてきたときです。あなたなら、どんなふうに答えますか?

もし答えがわかっているなら、それを子どもにわかるように話してあげればいいのですが、そうでないときは、どうするでしょうか?

【STEP2】子どもが考える時間をとる

「ママにもわからないわ。どうしてなんだろうね? あなたはどう思う?」というふうに話を続けてみてください。おそらくお子さまは、大人が思いもよらないことを言ったりするでしょう。それを「何をバカなことを言って」などと遮らないで、しっかり聞いてください。なぜなら、そのとき、子どもは一生懸命に「考えて」いるからです。

子どもが何か言ったら、「ふうん、そんなふうに思うんだ。じゃ、ホントかどうか調べてみようよ」と、ママ自身がネット検索したり、一緒に書店に行って答えがのっているだろう図鑑や本を探すことにしましょう。図書館に行ってもいいですね。

【STEP3】子どもと一緒に答えを探す

ここで大事なのは、親も自分がわからなかったら、わからないと正直に言うこと。そのうえで、一緒にその疑問の答えを見つける行動に移ることです。

逆に、絶対にやってはならないことは、わかったふりをしたり、カッコ悪いのでごまかしたり、「そんなこと知らなくていい」と言ったりすること。どんな疑問に関しても、これを守ってください。

また、一緒に答えを見つける努力として、誰か答えを知っていると思われる人に聞きに行く方法もありますが、それは最後の手段としてとっておきましょう。まずは、親子で答えを見つける努力をすることです。

たとえば、ネットの検索窓に、「空 青い なぜ」などと入れてみます。これで「なぜ空は青いのか」が書いてあるページは見つかります。そのページに行って、そこに書いてあることを、声を出して読んでみましょう。

子どもにもわかるように説明してあるページもあれば、きわめて専門的科学的なページもあると思います。そのうちの最低2つぐらいを選んで、声を出して読んでみましょう。ママが、子どもの疑問にまじめに取り組んでいる姿勢を見せることも大切です。

そして、ママ自身、書いてある内容が「わかった」と思ったら、それをあなた自身の言葉でわかりやすく言い換えてあげるといいと思います。

説明している途中で、子どもが関心を失ったら、それはそれでOK。でも、大人のあなたが理解できる内容であれば、できるだけ最後まで読んでおきましょう。子どもの関心が違うことに移っていたら、「ちょっと待って。ママは、なぜ空が青いのか、きちんと知りたいのだから」と言って、待ってもらいます。

そうして、「ママはなぜ空が青いかよくわかったから、説明してあげるね。聞いてね」と笑顔で言ってみましょう。子どもが聞いてくれるようなら、大成功! 子どもが発した疑問から始まって、子どもが考え、ママが考え、その結果、親子で新しい知識を獲得するというプロセスが完了します。親子で知識を得た喜びを共有しましょう。

「考える」機会をたくさん作ろう

途中で子どもが関心を失ったときには、無理矢理連れ戻そうとはせずに、少したってから、「さっき、空が青いのはどうしてって言ってたよね。あの答え知りたくない?」と声をかけてみるとよいでしょう。それでのってきたら、説明をしてあげる。それでも乗ってこなかったら、次のチャンスを見つけることにしましょう。

「うちの子、すぐに飽きるからいつも中途半端で終わっちゃう」と嘆くママもいるかもしれませんね。でも、心配ご無用。子どもが発した疑問に親が一生懸命に取り組んでいる姿を見せることは、とても大切なのです。自分が聞いたことに答えようとしている親の姿を子どもは忘れません。そして、その姿をいつか真似するようになるでしょう。

以上、「考える力」を育むのに、効果的なステップは、1:子どもが発した疑問からスタートすること、2:子ども自身にじっくり考えさせること、3:疑問の答えを見つける方法を親が見せてあげること、というわけです。

さて、先ほど、答えを知っているだろう人に聞きに行くのは最後の手段と書きましたが、これは、ステップ3の親の取り組みを見せてあげることが大事だからです。ですから、ステップ3で納得できる答えが見つからないときは、親子で教わりにいきましょう。こうすることで、疑問の答えを見つけるあらゆる手段を、親が子どもに行動で示すことができます。

子どもが何かに疑問を抱いたときこそ、考える力を育てる絶好の機会であることをお忘れなく。次回は、子どもの疑問が答えがはっきりしない場合はどうするかについて。お楽しみに。

2,子どもの困った質問への対応法

どんな質問も決して拒絶しない

子どもは、時に、答えに詰まるような質問をしてきます。たとえば、「なんで男と女がいるの?」「人間はどうして死んじゃうの?」「なんでママはおばあちゃんが嫌いなの?」等々。そんなとき、あなたはどのように対応していますか?

まず、多くの専門家の方は、「できるだけ正確に答える」という原則とともに、「そんなこと知らなくていい」「そんなこと聞くんじゃない」「うるさい」など、質問することそのものを否定するような対応は絶対にやめようとアドバイスしています。

確かにそうですよね。親が質問を拒絶する態度を示すと、子どもは疑問を発すること自体をやめるようになってしまいます。前回書いたように疑問を抱くことは、自ら考えるきっかけになるのですから、質問を拒絶することは、考える力を育てる意味で最低最悪の対応ということになります。

まず、子どもが疑問を持った・質問をしてきたこと自体は、常に肯定的に受け止めて、そのうえで、答えに窮するような質問に対してどんな対応をすべきなのか、質問のタイプ別に考えてみましょう。

●専門家なら答えられるかもしれないけど、自分には答えがわからない質問

どうして地球は丸いの? 幼虫から成虫になるとき変身するのはなぜ?などといった科学的な質問や、政治経済に関する質問がこれにあたるでしょう。前回ご紹介したように、「私にもわからないから、一緒に調べよう」という対応が一番です。

中には、社会的にも意見が分裂していてどちらが正しいの?と聞かれても、ひとつの正解が見つけられない疑問もあるでしょう。そういうときは、意見が分裂していることも含めて説明してあげればいいのです。

●あまりに根源的で答えられそうにない質問

子どもは時に、「どうして宇宙は大きいの?」「人間はどうして地球上に生まれたの?」といった、まるで哲学的とも言えるような質問を発します。このような質問をしてきたら、まずは、「私にもわからない」と答えるとともに、こんなふうに、言ってみてはいかがでしょうか?

「たぶん、その答えは、今活躍しているえらい人たちにもわからないと思うんだ。でも、もしかしたら、あなたが大きくなっていろいろ研究したら、答えを見つけられるかもしれないね」と。子どもの頭の中で夢が膨らんでいくような言葉かけがいいですね。

●まだ知らなくてもいいと思う質問

性的な疑問、人間関係の疑問について、親としてまだこの子は知らなくてもいい、と思うような質問もあるでしょう。そういうとき、昔から親は、「大きくなったらわかるよ」というような言葉で逃げていました。確かに、精神的に成長することで自然とわかってくることは多々ありますから、これは一つの対応法だと思います。ただ、それでもなお、質問してきたら、ある程度は説明してあげましょう。結果、説明の内容が難しくて子どもが理解できないようであれば、子どもにも「大きくなったらわかる」ということが納得できるはずです。そして、少なくとも嘘をつくのはやめます。

性的な質問や人間関係の質問に対する対応には、個々の家庭の方針が大きく関係してきます。幼くても知っておくべきという方針ならば、他の質問と同じく正しく答えてあげればいいのです。

●心情的に子どもには答えたくない質問

「どうしてママとパパはよくケンカするの?」「なぜお祖母ちゃんはママにいじわるするの?」など、子どもに正直に答えるのは避けたいと思う質問もあるでしょう。こういった質問にどう答えるかは、あなたの心の状態に関係してきます。

子どもが聞いてきた瞬間の感情に支配されて、「だって嫌いだから」「元々私のことが気に食わないのよ」などと答えるのではなく、まずは理性的になってから答えるようにしてください。深呼吸を2、3回してからといった感じでしょうか? そのうえで、子どもがまだ知らなくてもいいと思うことであれば、「どうしてか、よくわからない」という答えもあると思います。

子どもは親の内心を察知することにかけて、天才的な能力を発揮します。たとえ一度も口に出したことがなくても、「ママはどうして○○さんが嫌いなの?」と聞いてくるかもしれません。そんなとき、内心「確かに嫌いだわ」と思ったら、子どもの質問をきっかけにあなた自身が、なぜなのか自問自答するきっかけになるかもしれません。

そして、「なんでだろうね。ママにも正直よくわからないの。考えてみるね」と答えてみるのもいいでしょう。もしかしたら、子どもはその理由さえわかっているかもしれませんよ。

3,おとなしい子の考える力を育てるには?

いい子なんだけど、反応が遅いかも…と心配ですか?

最近、「うちの子、ちょっとおとなしすぎるかな」と思っているママ・パパが多いようです。教育関係者にも、「最近の子はおとなしい」と感じる人が多いと聞きました。さらに、「最近の子どもは、言うことをよく聞く。いや、言うことを聞きすぎる」と話してくれた先生もいました。

もちろんおとなしいといってもさまざまで、問いかけても答えない、反応するけどとても遅い、家ではよく話すのに外に出るとだんまりなどなど。おとなしさにも個性があり、先輩ママに聞けば、おとなしい子が一夜にしておしゃべりな子に変身!ということもしばしばです。

おとなしいこと自体は、長所でも欠点でもなく、単に周囲から見たその子の印象を語っているだけのこと。本人の能力や可能性とは一切関係がありません。ですから、おとなしいこと自体を心配する必要はまったくないのですが、一部にちょっと気になるケースがあるのも事実です。

それは、周囲(親の場合が多いですね)が、生活全般に渡って「この子はこれがいいはず」とパーフェクトにお膳立てしてくれるので、自ら要求したり拒否したりということを表現する機会を失ってしまっているケース。

あるいは、問いかけられて本人は答えようとしているのに、じれったくなった親が代わりに答えたり、してくれたりすることが常態化しているケース。そして少し大きくなると、何を言っても親から否定され、さらに何事も指示されるので完全にあきらめきっているというケースもあるようです。

どれも一言で言えば、親の「過干渉」が原因でおとなしくなっているというケース。こういう傾向は、考える力を育てるという点から見ると、あきらかにマイナスです。

親の過干渉が考える機会を奪う

どこがよくないのかといえば、子どもが何か言ったり行動に移ったりする前に、親や周囲の大人がその子になりかわってやってしまうことです。自分がしなくても、誰かがやってくれるのが日常になったら、自分で考えようとか何かをしようという気にならなくなって当然です。それが習慣になれば、子どもは必然的におとなしくなり従順になります。

当然のことながら、成長過程にある子どもは、大人ほどには感情表現も行動も上手ではありません。今まさに、自分らしい表現や行動を身につけようと練習しているようなものですから、大人のようにすんなりとはいきません。

豊かな感情を持っているのに言葉や態度で表現することができない、こうしたいという欲求はあるのに行動に移すのが苦手な子は、周囲が先回りすると、感情表現や行動のしかたを学ぶ機会を失っていきます。そして表現の機会を失った心は、感情そのものも、そこから生じる考えるという行為も鈍くなっていきます。

親が子に「干渉」するのは当然のことですが、このようになってしまうと、まさに「過干渉」。よかれと思ってしていることが、逆に子どもの成長を阻害しているという悲劇となります。

反応をじっと待ち、心の成長を見守る

実は、今、多くの教育関係者が親の「過干渉」に警鐘を鳴らしています。

ある校長先生は、「親の役目は子どもを見守ること。何かをしてあげるのではなくて、子どもがするのをじっと待つこと。つらくてもガマンしてください」とはっきりおっしゃいました。

また、あるカリスマ塾講師は、「塾やお稽古事で毎日忙しい子どもは、ぼうっと考える時間も持てなくなっている。これでは考える力が育たないし、自主性も育ちません。いい学校に入ってもそのあとが続きません」ときっぱり話しておられました。

これらは何も、おとなしい子に限ったことではありませんが、おとなしい子の場合、とくに注意が必要なのは、子どもからの働きかけが少ないため親の独走になりがちだからです。

「あなたは、あれとこれ、どっちがいいの?」と聞いて、すぐに答えないとき、子どもはいろいろと考えています。即座に答える子は、もしかしたら適当に答えているだけかもしれません。答えるのが遅い子は、黙っている間に、ああでもない、こうでもないとさまざまな可能性を考えているのかもしれません。そんな子どもの時間を大切にして、じっと待ってあげてください。

また、子どもには、何もしなくていい時間がたっぷり必要です。何もしなくていい時間に、いろんなものを見たり聞いたりしながら、自分の好きなものは何か、何をしたいと思っているのか、いろいろ想像したり考えたりして心の翼を大きく広げていくのが、子どもだからです。子ども時代のそんな黄金のひとときを、懐かしい思い出として語っている偉人はたくさんいます。

わが子にできるだけのことをしてあげたいと思うならば、その最初の一歩は、心身の健康とともに、豊かな感情と考える力を育ててあげることでしょう。その土台があってこその勉強であり、スポーツやお稽古ごとの技能です。

考える力の土台は、塾やドリルで身につくものではありません。毎日の生活と、親や周囲の人々との交流の中で育っていくものです。そのためには、子どもの様子を静かに見守り、反応を待つこと、これが何よりも大切です。とくにおとなしいお子さまをお持ちなら、目に見えない心の成長を想像しながら、じっと待つことを心がけてください。

余談ですが、昭和の時代、おとなしい印象の子は、感情が豊かで穏やかというイメージでした。クラスの人気者はやんちゃな子やおしゃべりな子でしたが、おとなしくて落ち着いている子は穏やかな知性派のイメージ。周囲からちょっと尊敬されているようなところがありました。おそらく令和の今も、おとなしい子の多くはそんな雰囲気を漂わせているのではないかと思います。

4,「考える力」がある大人とない大人の違いは?

大人のあなたは、どんなとき考えていますか?

これからの教育では、「考える力を育てることが必要」と知ったとき、ふと、こんなふうな疑問が生まれてきませんか?

――そういう私には、考える力があるんだろうか? 私はよく考えているのだろうか?

そこで、あらためて「考える」とはどういうことか、原点に戻って考察してみたいと思います。身近にいる大人が、日常生活のさまざまな場面で、いろいろと考えているか、あまり考えていないかは、「考える力」のある子どもを育てるために大きく影響すると思います。

まず思い浮かぶのが、料理を作るとき。できるだけ短時間で手間をかけずに作るにはどうしたらいいか、段取りを考えます。最初に全部素材を切っておいたほうがいいのか、冷凍物はいつ解凍したらいいのかなど。複数の料理を作るとき、手順は、必ずしもレシピ本に書いてあるとおりのほうがいいとは限りません。

また、料理でいえば、作ろうと思っていた料理に必要な素材が、あると思っていたのになかった! そんなとき、何かあるものを代用できないだろうかと考えます。

次いで人間関係。地域の知人、幼稚園や保育園の先生、職場の人、親戚など、おつきあいがある人々との間では、あちらを立てればこちらが立たないなんて状況に、何かと遭遇します。そういうときも、なんとかどちらの顔も立てる方法はないだろうかと考えます。人間関係なんて、この連続と言ってもいいくらいです。

考えることを放棄する大人は悪い見本

「考える」という営みは、何か困ったことが起きたときに、自然と私たちの頭の中に生まれてくるものです。そういうとき、この方法はどうだろう? こうしたらうまくいくかな?と、いろいろ考えているママ・パパがいたら、子どもたちはそんな親の様子を見て、自分が困ったときにも、「どうしたらいいのかな」と考える習慣がついていくのではないでしょうか?

でも大人の中には、困ったことが起きると、すぐにあきらめたり、逃げてしまう人もいます。すぐに解決法が思い浮かばないことは、私にはできない、しようがないとして、考えることを放棄してしまいがちな人がいます。身近な大人が、すぐに考えることをやめるタイプであれば、子どもも、困ったときはあきらめていいんだと思ってしまうのではないでしょうか?

最近あまり使われなくなりましたが、「創意工夫」という言葉があります。「創意工夫」は、日本が先進国の仲間入りをしようとしていた時代に、よく使われていた言葉です。なぜかというと、当時、日本には、欧米先進国にある便利な生活用具や便利な機械がありませんでした。でも、先進国と同じような快適な生活をしたいと思うので、どうしたら作れるかな、何かで代用できないかなと、人々がそれぞれに工夫をしていたのです。

今、日本の生活用具の便利度は、欧米先進国以上といってもいいくらいです。生活のありとあらゆる場面に、便利さ快適さを追求した商品が揃っています。ありがたいことですが、そのために、生活の中で、自分で工夫する回数が減ってきているのも確かだと思います。商品の説明書に書いてあるとおりに使うことに専念してしまっている人が多いようにも思います。

生活の中でいろいろな創意工夫を

とはいえ、今も、日本は工作機械では世界1,2を争う進んだ国です。消費者に直接届く消費財では、他の国の安い商品に負けていますが、その安い商品を作るために工場に設置する工作機械では、日本は、世界一といってもいい国です。

これはやはり、今もなおこの国の人々には、どうしたらうまく作れるかな、どうしたら早く作れるかなという「創意工夫」の伝統が宿っているからではないかと思います。また伝統的な手仕事を大事に思う気持ちも、ほかの多くの国より強いように思います。

日常生活を快適にするのに、企業が提供している快適商品を買うという発想をいったん捨てて、家族間の「創意工夫」で、家の中や毎日の生活をより快適にしようと考えてみるのも面白いかもしれません。これなら親子の協同作業で、「考える力」を育てることにもつながります。

「考える」という営みは、学習のジャンルだけにあるのではありません。むしろ勉強以外の生活の中でいろいろ考えたり工夫したりする習慣が、勉強の成績につながると言ったほうがいいでしょう。ちょっと考えただけではわからないことでも、こうしたらどうかな、ああしたらどうかなといろんなやり方を試していると、あるときパッとベストな答えが見つかるものです。そんな試行錯誤は、回数が多ければ多いほど、そして失敗の数が多ければ多いほど、本人が感じる達成感は強くなります。

少なくとも、「考える力」をつけるのは学校の役割などといった考え方はやめたほうがいいと思います。親子で一緒に我慢強く、困ったことを解決していこう、疑問に思ったことに答えを見つけてみようというライフスタイルを築いていくといいのではないでしょうか?

あなたは今、何を考えていますか? 何を悩んでいますか? 大人が困ったと感じることの多くは、簡単には解決策が見つからないものです。それに、誰にでもどんなケースにもあてはまる解決法が見当たらない性質のものでもあります。それでもあきらめずに、なんとかならないかと考え続け、ベストの答えが見つからないうちは、よりベターと思う方法で行動しながら、ベストの解決法を考え続ける……そんな大人の姿勢こそが、子どもたちへのプライスレスな贈り物ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。