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かばんの街・豊岡で開催。皮革製品マイスター講演会

ランドセルも、大人のかばんも、品質は皮革製品マイスターが守っている!

名古屋のランドセル名人にして皮革製品マイスターの長江幸雄さんが、かばんの街、兵庫県豊岡で講演されると聞き、お話を伺いに行ってきました。

兵庫県豊岡市は、かばんの生産日本一の街です。そこに今、かばん職人を目指す若者たちが集まってきており、今回の講演は、日本が誇る皮革製品マイスターが彼らにアドバイスするというのが主旨でした。

長江さんは、日本皮革産業連合会が認定した数少ない皮革製品マイスターのひとりです。講演には、もうひとり地元豊岡の皮革製品マイスター、植村美千男さんも登壇されました。長江さんは、ランドセルを手がける前に大人向けのさまざまな鞄を作り、その技術が高く評価されてきた方。植村さんも、豊岡の名人かばん職人として尊敬を集めてこられた方です。

講演は、皮革製品マイスターの認定委員でもある東京鞄協会会長の金澤守利さんの挨拶で始まり、植村さん、長江さんのお話と続いて約2時間半。おふたりのマイスターがかばん作りに注いできた知恵と情熱が、しみじみと感じられる講演でした。お話を伺いながら、ふと、持ってきていた自分のバッグを見つめ直していました。このバッグにも、作る側にはこんな工夫と苦労の歴史があったのかと思うと、もっと大切にしないといけないと思った次第です。

また、長江さんのランドセル作りのお話からは、“ランドセルは、子どもがもつ初めての本格的なかばん”ということが実感され、小さいうちからいいものを持ったほうがいいと、あらためて感じました。いいものを身につけると、いいものを見分ける目が育ちますからね。

それでは、植村さんと長江さんのお話の内容の一部をレポートします。革かばん、スーツケース、ランドセルなど、さまざまなかばんを購入する際の参考になれば幸いです。

左から、(社)日本皮革産業連合会の松月宏之さん、皮革製品マイスターの植村美千男さん、同じく長江幸雄さん、(社)東京鞄協会会長の金澤守利さん

※注:皮革製品マイスターとは
日本の優れた皮革製品の技術者を顕彰・広報し、広く世界に周知を図ること、また技術の維持向上と伝承、後進の育成及び皮革産業の発展を目的として、一般社団法人日本皮革産業連合会が創設した「日本皮革製品マイスター制度」によって選ばれた皮革製品製作の技術者の称号。現在までに認定された技術者は10人に満たない。

「なんでも挑戦! でも自分で試験すること」と、豊岡を支え続ける植村さん

植村美千男さんは、戦前、豊岡で身近にかばん作りを見ながら育ち、戦後の物がない時代からかばん作りに携わってきた方。貧しい時代から高度経済成長期、安定成長期と、日本の社会が変化するのにあわせてかばんの世界もさまざまに揺れ、変化し、今に至る過程をつぶさに見ながら、かばんを作ってこられました。

戦後、革が手に入らないときは、ボール紙を糊で貼り合わせたファイバー鞄なるものが流通していたのだそうですが、そのときは、糊を小麦粉から作るところからかばん作りを始めたそうです。

その後、世の中が豊かになって革のかばんが主流になり、よりよいもの、高価なものが求められるようになりました。またライフスタイルの変化によって、かばんに求められる機能も変わっていきました。新しい商品にチャレンジするときには、材料を提供してくれるメーカーさんや商品を納める問屋さんとの間でさまざまな交渉や協力が必要になります。ときにはバッシングされることもあったとか。それでも、最終的に人々のニーズに合致したものは定着していったと言います。

その例が、スーツケースについているキャスターです。スーツケースが重たいのでキャスターをつけてほしいという要望がありました。旅行者に苦労をかけないですむならつけたほうがいいと考えたけれど、既存のキャスターでは耐久性が足りませんでした。そこでより丈夫なキャスターを材料屋さんに相談して作ってもらって市場に出したら、今度は輸送会社などからゴロゴロ動いて危ないなどの苦情が殺到したそうです。そうした苦情を取り入れてさらに工夫を加えた結果、最終的にはキャスター付きのスーツケースが定着していったのだそうです。

また、ビジネスマン向けのリュックにも同じような経緯があったそうで、いろいろ言われてきたけれど、最近ようやく定着してきたと述懐されていました。

そんな山あり谷ありの経験を積んでこられた植村さんが、かばん作りを目指す若者たちにこう語りかけられました。

「新しい素材、デザイン、なんでも挑戦したほうがいいです。そして、新しい物を作ったら、必ず自分で試験することです。自分で作ったものは、必ず自分で何度も何度もトライアルしてください。そして、“これなら大丈夫だぁ!”というものができて、初めてお客さまに売り出します。こういうことが鞄を作る哲学みたいなことだろうと思います」

誠実さがにじむ植村さんのお話の中でも、いちばん心に残ったのがこの言葉でした。決して過去に固執せず挑戦を奨励しておられます。ただし、自分でテストして納得のいくものでなければなりません。自分で納得したものだけをお客さまに提供しましょう、と。これぞジャパンクオリティの精神です!

高級鞄を作ってきた長江さんが作るランドセルは、風格と個性がキラリと光る

長江幸雄さんは、ランドセル専業になる前、長年高級ビジネスバッグなど本格的なかばんを作ってきたかばん作りの名人です。当時の職人さんは、今でいうOEM生産がほとんどで、発注元の要望に合わせてかばんを作って問屋さんに卸していたので、どんなに有能でも職人さんの名前を知るのは業界の人だけ、一般の消費者との接点はありませんでした。

そんな状態に変化が起きたのは、90年代初頭のバブル崩壊。あらゆるものが売れなくなった不景気をきっかけに、長江さんは、自分で作ったものを自分で売ってみようと考え始めたそうです。そして見本の製品を東京の見本市に展示してみたり、ホームページを作ってみたりと、さまざまな手法を模索。いい商品を作ることは難しいが、売ることも同じように難しいと実感したと言います。そして最終的に、ランドセルを専門に作って売ることに決めました。現在、すべてのランドセルを長江さんご自身の手で作っています。したがって作る数は増やせませんが、作ったランドセルはすべて口コミとインターネットで売れています。

「ランドセルを自分の名前で作って売るようになって実感するのは、ご両親はもちろん、お祖父さん、お祖母さん、家族みんながスポンサーだということですね。完成したランドセルを家族で受け取りに来られ、お子さんがランドセルを抱えながら、“おじさん、ありがとう”と言ってくれる。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんも“ありがとうございました”と言ってくださる、それがとても嬉しいです。
今は直接お客さまと接して要望を聞くことができるので、その要望を商品化していくこともできます。OEM生産のときにはできなかったことです。幸い、過去にいろいろなかばんを作ってきているので、テクニックはいろいろと持っています。ビジネスバッグのテクニック、ダレスバッグのテクニックなど、少しずつですがランドセルに取り入れて、新しいものを作っています」

こう語って、長江さんは今年の新製品(写真下:商品名「jemini」)を紹介してくれました。東京の金具屋さんで見つけた錠前がヒントになって誕生した紺とピンクのコンビカラーのランドセルです。大量生産するわけではないので、カブセ(フタ)はコードバン、本体はソフト牛革、内装も天然のアメ豚と高級素材を使用。同じ素材の中でもより高品質なものを選ぶところから長江さんのランドセル作りは始まります。そんな製作過程を愛情込めて話してくれました。

長江さんはランドセルなどあらゆる商品作りで大切なのは、「最後の最後まで気を抜かないこと」だときっぱり。これがとても難しいし、さらに難しいのが作った商品が市場で正しく評価されるだと語りました。それでは、「正しい評価を得るにはどうしたら?」と質問すると、「“あんたの作った物はいいねぇ”と言われるような物を作ること。つまりいい仕事をすること。他にはありません」

長江さんの作るランドセルに宿るなんともいえない風格のヒミツは、いいものを作るのに妥協しない皮革製品マイスターの精神なんだと納得しました。